息子に「翔」と名付けます

明日でアイドルをお休みする貴方へ

 

 

 

 

拝啓

 

行く年を惜しみながらも、新しい年に希望を馳せるこの頃、気ぜわしい時期でございますが、櫻井翔様には本当にお変わりなくご健勝にて何よりと存じます。

 

このコロナ禍という社会に飲まれ、この手紙を送ることも随分日が空いてしまいました。

この1年は嵐さんと共に走り抜けるべく自分の人生の舵を大きくきったはずだったのに、北京の公演は無くなり、新国立競技場での公演も延期・中止へ、そして緊急事態宣言に伴い、自分が働いていた職場も無くなりました。

 

しかし、大変ありがたいことに、新しい場所を見つけたいまの私は、どうにか平穏に過ごさせて頂いておりますが、1年前の今頃には想像していなかった世界がいま、目の前に広がっております。

 

 

 

 

まずは嵐さんとしての21年3ヵ月。ひとまずはお疲れさまでしたと言わせてください。

私が嵐さんと駆け抜けることが出来たのはそのうちのたった12年でしたが、本当に楽しい青春時代を過ごすことができました。

 

 

 

 

 

いま、ひとまずの着地点に降り立ってみて、翔さんはどんなお気持ちなのでしょうか。

ファンとして、私もその着地点に降り立っていますが、まだいまいちピンと来ていないというのが正直なところです。

 

気分はまだ2019年の年末の感覚です。

年末最後の放送を終えたVS嵐も、嵐にしやがれも、また来年からいつも通りのジングルで始まり、いつも通り嵐さんが5人揃ってオープニングで会話する風景が見れるものだと勝手に思っていたりもします。

 

そんなことはないって分かっているんですけどね。

 

 

 

 

だってまだ何も始められてないし。

北京も、国立も、休止前最後のツアーも、何もかもが始められてない。

この1年、何も始められていないのに、もう終わってしまうだなんて。

 

正直まだ信じられていない状況です。

もちろん、翔さんや嵐さんは何も悪くないことは分かっています。

 

でも、ふと会社のデスクのパソコンに向かっている時に思うんです、

 

「私、何やってるんだろうな」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

1年前の5×20のオーラス公演。

最後の5×20の公演を見届けるために私はそこにおりました。

天井から見えるペンライトの風景、ムービングステージの上で皆さんが私たちに手を振りながら歌い上げるOh Yeah!の瞬間。

 

「この風景を次見られるのはいつかな」

とぼんやりと思いながら見ていたことは今でも忘れません。

 

 

だってそれ以降、あの空間にすら行く権利を与えて貰えないことは想定していなかったですし、あの日を最後に嵐さんに会うチャンスさえなくなるだなんて想像もしていなかったですし、もうこの感情をどう表現すればいいか分からないのが正直なところです。

 

 

 

 

 

 

「やべ、着いて行けてないかも」と思う瞬間はそれ以降何度も訪れました。

 

本当は3月に行われるはずだった大学の卒業式も中止となり、着る予定だった桜模様の赤い卒業袴を着て翔さんのうちわと共に大学近くの東京ドームで写真を撮る夢も消えてしまいました。

そして嵐さんどころか、共に嵐さんを応援するファンの友達とも中々会える状況ではなくなり、苦しい感情を何度も抱えました。

 

一番辛かったのは、他のジャニーズグループのコンサートが中止発表となったとき。

悔しい気持ちを露わにするファンの様子を見て「でもこの子達には来年もあるんだ・・」と酷いことを考えてしまったり。

 

 

嵐さんだって失った物を越えていくべく、新しいものを随時発信してくれていたにも関わらず、それを見る度に辛くなり、逃げてしまっていた時期もありました。

 

 

 

 

 

でもそれでも、あの時言ってくれた

 

「着いてきてほしい」

 

と言ってくださった翔さんの言葉を思い出して、どうにか這いつくばってでも嵐さんにここまで着いてきました。

 

あの時の翔さんの言葉が無かったら。

もしかするとどこかのタイミングで野垂れ死んでいたかもしれません。

 

あの時、あの言葉を私たちに伝えてくれてありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

個人的に、今年は翔さんのファンを始めてから10年を迎える年でもありました。

10年前の僕と見ている風景の東京公演で初めて生の嵐さんをこの目で捉え、普段のバラエティでは見ることのできない、歌って踊る“アイドル”としての翔さんに惹かれ、ここまで長い道のりを歩んで参りました。

 

 

 

中・高・大と青春の全てを嵐さんと翔さんに捧げてきて思う事は、嵐さんや翔さんを通して、沢山の人と巡り会い、沢山の経験をした私は、人としても大きく成長することができました。

 

高校時代に初めて付き合った同じ翔さんのファンだった彼氏とは、翔さんの事で口論となりそのまま勢いで破局したのも、いまとなってはいい思い出ですし、普通に与えられるだけの人生では仲良くなることのできなかった色んな地域に住む人とも繋がり、仲良くなる中で自分の知見も増やすことができました。

目上の人との乾杯は必ず下からグラスを持ってくること、一本締めと一丁締めの違いなど嵐さんから得る学びも沢山ありました。

 

何より、嵐さんを好きになったからこそ、このエンターテインメントの業界に興味を持ち、大学で学びを深め、それがいまの仕事に繋がり、未来への仕事の目標にもなっています。

 

 

 

 

いつも思っているし、口にもしていますが、嵐さんに、そして翔さんに出会うことが出来なければ、いまの私は間違いなくいまとは全く異なるものとなっていたと思います。

それくらい、私にとってかけがえのないものでしたし、これからもその位置が変わる予定もありません。

 

 

 

 

 

コロナなんて、と思う瞬間が多いのは確かですが、その中でもコロナだったからこそ良かったのかなと思うこともありました。

 

去年の今頃の私は、大学卒業後の進路のことなどそっちの気で嵐さんと向き合う覚悟で、1年間を駆け抜けるつもりでいました。

 

もしも本来の世界で思い通りに駆け抜けていたら、それこそ駆け抜け切った先で完全燃焼した私は、無気力症候群で嵐さんの帰りを待たずして野垂れ死んでたんだろうなと思っています。

 

でも、コロナ禍の社会に飲まれて、自分の目で、身体で社会と向き合ったことにより、ある程度の冷静を保てているいまの私は、活動休止の事実はまだ実感できていないものの、来るべくその時まで待ち続ける覚悟は持てるようになりました。

 

 

そういう点においては、コロナというブレーキがあったことにより、ちゃんと周りを見て冷静になれる時間ができてよかったなと思ったりもしています。

 

 

 

 

 

さて、11月から始まった怒涛の年末歌番組ラッシュとそれぞれの最終回の放送により、既に私の涙腺はボロボロ状態ではあるものの、

上記をお読み頂いてお察しの通り、私はまだこの活動休止最後のこの日というのをいまだ実感できておりません。

 

また来年からいつも通りTOKIO×嵐の元旦スペシャルから始まる新年を迎え入れる体勢を無意識の内でしているし、

晦日のカウントダウンも嵐さんのお名前が無いのは誤植かな?と訳の分からないことを考えたりもしています。

 

 

 

嵐にしやがれの最終回で11月13日時点の大野さんも言われておりましたが、

私も恐らくいまこの瞬間に実感するのではなく、全てを終えた1月下旬、2月以降に訪れるんだろうなと思っています。

 

年が明けてお正月ムードも抜けていき、徐々に通常の日常が戻ってきた頃にふと

 

「あれ、おかしいぞ」

 

と嵐さんが活動休止してしまった事実を実感するのだろうなと。

 

 

なので、少しでもそれの対策になればと、

This is 嵐のパンフレット以外のコンサートグッズとWhenever You Callのオリジナルグッズの購入を1月に後回しし、

さらに途中から追うことをやめた嵐ジオやNetflixの配信も全て1月に後回しを行うことで、

 

「私のファンとしての活動はまだ終わってない!」

 

と自らで自らを洗脳させるという案を講じようとしております。(きっと無意味)

 

 

 

 

きっと嵐のみなさんも、そして私たちファンも、それぞれがそれぞれにできる“準備”をしているんだろうなと思います。

 

来るその時を待って。

 

「5年くらいで戻ってきてほしいなー」だなんて当初感じていたワガママはもう言いません。

 

大野さんが休みたい分だけしっかり休んで、いつか完全復活を遂げた嵐さんの姿を私たちに見せてくれればと思っております。

ここまで事を大きくしてものの半年で帰ってきたら承知しないので、思う存分メンバー皆さんのそれぞれの時間を大切にしてほしいなとファンは思っています。

 

 

 

 

でも私は、なんだかんだでバラエティで司会をする姿よりも。

ニュース番組でキャスターとして社会の事象を私たちに発信してくれるその姿よりも。

コンサートというステージの上で、マイクを持って歌って踊る翔さんの姿が一番大好きです。

 

“マイク持ちペン持ちタイトルを奪い取る”

 

その名の通り、マイクとペンを武器にした翔さんの奏でるリリックが私たちファンにとっては一番ですし、これからもそのリリックが更新していけば嬉しいな、と小さな望みも持っていたりもします。

 

 

 

“ステージ上終身雇用”の櫻井翔として、これからどんな景色を私たちに見せてくれるのか、あなたの背中についていくファンの一人として楽しみにしています。

 

 

 

 

 

 

今日はThis is 嵐のコンサート。休止前最後のアルバム・コンサートとして私たちにどんな作品を魅せてくれるのか。いまからとても楽しみにしております。

 

 

そしてその先はいよいよ「嵐 第2章」としての道なき道が始まって参りますが、

1章を走り切ったからといって気を抜かず、どうかお身体だけには気を付けて、またテレビで元気なお姿を見せてくれればと思っております。

 

そしてまたいつか、コロナが収まった世界で。翔さんや嵐の皆さんをこの目で見れる日を楽しみに、私も私の人生を進んでいければと思っていますので、今後ともよろしくお願いしますね。

 

 

                                                                敬具

推しとの出会いを振り返る話

 

 

 

 

今年も大変ジャニーズ事務所にはお世話になりました。

今年は例年と大きく違い、自担には1度も会うことが出来ず、枕を涙で濡らす日々が続いておりましたが、新しい推しとまさに運命的な出会いを果たし、なんだかんだで1年間楽しいヲタクライフを過ごす事が出来ました。

 

 

 

 

 

 

今回は物事の時系列を忘れがちな私が私の為に記録する、観察日記風ブログです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10/9 宮玉速報を知る

→以前投稿したはてブロでも記載した通り驚愕を起こす。天変地異とはまさにこの事。

なんてものをお知らせしてくれたんだ音楽ナタリー、今となっては感謝しかねぇよ!!本当にありがとうございますだよ!!!

 

そもそも他Gのヲタク的に、まず玉森宮田というコンビの印象がなかったので、「え、そこなの??」という気持ちだったのを強く覚えています。

(今となれば確かにそこしかないという気持ちではあるんだけど)

 

 

興味本位で予告編を見るものの、開始4秒で突然ビビって視聴中止

その時のヲタクの呟きがこちら

 

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安心しろ私、今となればしっかりキスマイさんのヲタクしてるぞ。

案外息も出来てるぞ(せいぜい過呼吸になるくらい)

 

いやこれの何がやばいって出勤前にこのニュースを知って、恐らく電車の中でこの予告編を見ようとしてるんですよね、朝から私頭おかしすぎない??

 

 

とりあえずこの日は事なきを得て翌日。

 

 

 

10/10 宮玉の味わい深さを知る

→ドラマの原作として2人ユニット曲がある??宮玉三部作??

昨日に続き他Gのヲタ垢TLに流れてくる数々の宮玉情報

 

さっっっっすがに気になったのでその三部作を視聴。

 

とにかく宮玉、味わい深さしかない。

そもそもユニット曲でシリーズ物を作るということ自体がちょっと意味が分からない(褒めてる)

オマケにこのラブソングチックな曲は宮玉さんの事を歌っているということでさらに意味が分からない(すごく褒めてる)

 

なんだこのコンビ……私が今まで出会ってきたどのコンビよりもクレイジーだぞ…頭おかしいやつやん…(めっちゃ褒めてる)

 

このコンビ、もしかして味わい深さしかないのでは??という事に気付き、母親にひたすらに宮玉さんのやばさをお伝えし続けてた。

 

 

 

10/11 沼る

→前日からの宮玉情報の嵐より、完全に宮玉さんに興味を持った私は、その宮玉三部作の監督(?)を務める玉森さんに興味を持ちました。

 

玉森さんまとめを色々拝見していた所、出会ってしまったあの1本の映像。

「見て見てマイコ!走ってもこぼれないよ~~!」と言って豪快に飲み物の乗ったトレイと共にすっ転ぶ玉森さん。

 

いや逆に問いたいんだけど、アレで落ちないヲタクいるの??グループのセンターに立って歌ってて、一見カッコつけてるように見える彼が、誰よりも美しく、お笑い芸人としては100点満点なすっ転び(しかも小道具付き)を見せて、落ちない人間がこの世界にいるの??

 

 

某カッコつけ対決のコーナーで、ドア上の隙間を抜けてヒロインを助けに行くシチュエーションで、豪快にドアをぶち破ってヒロインを助けに行く男を愛してしまっていたヲタク的に、玉森さんを愛さない理由がない!!!!

 

 

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転ぶだけでヲタクを増やせる玉森さんの罪深さたるや。

こんなじゃ、子犬系男子を演じるもんなら全人類が玉森さんに沼落ちしちゃうじゃん……ああ、そもそも地球が玉森さんに落ちてるか…(?)

 

 

一応、自分の中で「本当に玉森さんに沼落ちしたっていうことでいいんだよな?」

その確認も込めて、WEBFESを全編視聴。

見れば見るほど、「この男しかおらん」と確信。

 

 

 

おめでとう玉森さん。

新しいヲタクがまた1人増えたよ。

 

 

 

 

10/12 寝不足で死ぬ

→前日が休日だからといって調子に乗ってWEBFESを全編見たヲタク。そりゃ寝不足にもなる。

 

眠気と戦いながらどうにか業務を終え、私が向かうのはTSUTAYA

 

2020年のといずからキスワまで借りました。

近年だとすっかりサブスクに頼りっぱなしな女だったもので、久々のTSUTAYAでもはや借り方すら忘れてて店員さんをめっちゃ困らせた記憶しかない。

 

あとこの日に私、玉森さんの口パクが下手な事に気付いてるらしいんですけど、口パク下手な玉森さん単純に可愛くて私は好きです(何の話)

 

 

 

10/13 さらに寝不足で死ぬ

→連日の寝不足で限界を感じ始める。

さすがに眠すぎたのでレットブルを摂取するも、そのレットブルで腹を壊し、自分の老化を感じました。(まだ早い)

 

自担Gを好きになったのはちょうど彼らが9周年を迎えた頃。当時の私は11歳。

今回好きになったグループも今年ちょうど9周年。今の私は23歳。

 

いや、11歳と23歳だと推しにかける情熱も違うかもしれないけど、とにかく体力が違いすぎる。

(体力面を考慮して)もう二度と推しは増やさない心に決めた。

 

 

 

10/14 宮玉がおかしい事に気が付く

→いや、沼った時から気付いてはいたんだ。

でもこんなにこの人らがおかしい事に気付いてしまったんだ。

 

この日は1人で外回りの日。

移動中はずっとキスどきを視聴させて頂いておりました。

 

とりあえず宮玉の民が「これを見ろ」とTwitterでおすすめされていたキスどきマッチング系のものから慰安旅行といったパッと見で面白そうだなーと気になったものから順々に。

 

 

そこで気付いた宮玉のやべーところ

 

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え、意味分かんないよね?

私まだここのシーンの意味理解出来てないよ?

なんなら出発してちょっとしてから突然「みあた、ねむい」って謎に宮田さんに眠い旨をお伝えする玉森さんの所から意味は分かってないんだけど本当に宮玉ってなんなの??

 

 

キスどき見てるだけでも、キスマイさん、及び宮玉さんのやべーところは十分感じ取ることが出来るので

キスマイ気になるけど円盤は高くて買えないなぁ…という一般の皆様はぜひ、初回1ヶ月は無料・翌月から月額500円のスーパーコスパのdTVへのご登録を!!!!

 

 

ちなみにこの日に外回りしながらキスどきを見て、沼落ちブログを作らせて頂きました。

(頼むから仕事をしてくれ)

 

 

 

10/15 BE LOVE第1話先行配信の日

→第1話を見終えて思ったこととしては、まじで体感5分ムービーでしかなかった。

あっちでいちゃいちゃ、こっちでいちゃいちゃ……ととにかくいちゃいちゃしかしてない第1話。

 

沼りたてのヲタク的には頭を抱えるしかない映像に対してヲタク達は口を揃えて「いつもの宮玉じゃん」と言うではありませんか。

 

いや、宮玉さんって何者??????

「おまけ」として付いてるメイキングがむしろヲタク的には本編でしか無かったし、宮玉さんに感謝、dTVに感謝をひたすらに繰り返す夜を送りました。

 

 

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私の注目ポイントってちょっとおかしい。

 

 

 

10/16 FCに入る決意をする

→本日も外回り。私は銀座の街を歩いておりました。

キスマイさんの曲を聞きながら、今後のキスマイさんの出演情報をネットで把握する作業をしていた所。

 

ふと思ってしまった「この作業、めんどくせぇ!」

 

キスマイさんを推し始めて1番最初に気付いた驚くべきことのひとつが、彼は思いのほかバラエティ番組に出ているということ。

 

我が家のテレビは基本的に某汐留テレビ局の番組しか流していないので気付くことが出来なかったのですが、彼らがグループで出演する冠番組以外にも、週替わりにメンバー1人が出演する番組だったり、不定期でメンバーが出演する番組だったりととにかくまぁ色んな番組に出ること出ること。

 

基本的に月木土日の決められた時間にのみテレビの前でスタンバイすればいい生活を続けていたため、いきなりのヲタクハードモードっぷりに耐えられなくなったヲタクは、「そうだ、FCに入会しよう」と気付きました。

 

ジャニーズのFCに入会すると登録したメールアドレスに届くメール伝言板の番組出演情報

それを使えば、いつ誰がなんの番組に出演するのか把握出来るじゃん!と思い出し、銀座のど真ん中でFCの入会手続きを行い、三越内の三井住友銀行のATMでめでたく入金をさせて頂きました。

 

 

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(家族への報告LINE)

 

 

入会の理由がババア過ぎますがどうかお許しください。

(でもなんだかんだでヲタクを続けるとメール見なくても出演情報を把握出来てしまうのがヲタクってやつだよね)

 

 

 

10/16夜 円盤を視聴

→元々、16日の夜も17日も友人とご飯に行く約束だったり、マッチングアプリで知り合った男性とご飯に行く約束をしていていた私。

 

しかしこの1週間ですっかり沼りきってしまったヲタクは、「この金曜夜と土日はキスマイさんに捧げるんだ!!!」と全てをリスケ。

 

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自担Gも活動休止を控えているし、そろそろ自分も自分の人生を歩み始めなきゃな…と友人の勧めで2ヶ月くらい続けてたマッチングアプリでしたが、玉森さんとの出会いを境にそこにかける気持ちも冷め、リスケした後に翌週頃にはアプリを退会しました(我ながらやばい)

 

アイドルしか勝たん!!!と思うと同時にこんなんじゃ一生結婚できないだろうな…と絶望感も感じております。

 

 

そのくらい楽しみにしていた円盤視聴の日。

ふりはぐ、冬ヤミ、みゅーころ、キスワをこの日の為に用意し、2日間かけて掻い摘みながら見ました。

 

円盤を見て思ったこととしては、本当に本編から特典まで充実しているということ。

 

いい感じに初回から通常まで特典が散りばめられてるし、ヲタクが欲しいと思える絶妙な特典を入れてくるもんだから、全部揃えたくなる。

えいべ、本当にあんたはいい商売してんなァ!と思うばかりです。

 

 

特にマルチアングルには感動でしかない。

え、アングルカスタマイズなんか出来ちゃうんですか??

Aメロ玉森さん→Bメロ宮田さんみたいな感じでオリジナルのカメラスイッチ出来てしまうの?

神じゃん!としかならなかった(と言いつつも今までずっと1メンバーをフル尺でしか鑑賞してない)

 

 

 

10/17 なんかもうとにかく色々あった日

→前日に引き続き円盤視聴をしていた所、ついに私は出会ってしまいました。

 

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実は去年の年末頃から、黒髪タカシのビジュが気になっていた女。

円盤を見て本格的にタカシの魅力に気付きはじめてしまいました。

 

 

まずお顔が赤ちゃん。

とにかくお顔が赤ちゃん。

 

 

ふりはぐMCでもしも塾情報をうっかり流しちゃった時のニカ千のお顔とかもう2人揃って可愛すぎて初めて見た時なんか「もしかして私この子達産んだのかもしれん…」としか思えなかったよね。

 

 

そんなお顔が赤ちゃんな男が、ゴリゴリのラップをするもんだからもう好きでしかない。

何よりもあの声質、ラップで優勝しかしない。

兼ヲタ案件で大変申し訳ないのですが、いつか彼にはFace Down時計じかけのアンブレラ、Rock thisのラップをしてほしいと思っております。あの声でシャウトされたら恐らく死ぬ。…そろそろ黙りますね。

 

 

そしてここまで散々円盤を視聴し、キスマイさんのことを語りたくなったものの、周りにはキスマイさんのヲタクはいない私。

 

 

ヲタ垢を開設致しました。

そしてヲタ垢開設と共に、自担G垢で公開していた沼落ちブログを自己紹介がてら公開。

 

 

語り合う仲間が居るって本当に最高よね……これからもみなさんからの有益な情報をヲタクはも待ちしております……

 

 

そしてこの日に初めてキスマイANNPをリアルタイム視聴。

大変ありがたいことにこの日の出演はOMTの皆様。

 

ちなみにこの日のOMTは以下のメンバー

O(俺、宮田俊哉と)

M(マイワイフの玉森裕太と)

T(付き添い人の横尾さん)

 

 

宮玉さんで沼落ちしたヲタクとして、早速宮玉さんによるリアルタイムでの洗礼を受けまくりました。

 

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いやこれはシンプルになんなん??という気持ち。

そもそも、アニメの推しのことを「彼女」と呼び、ファンのことを「姫」と呼び、玉森さんのことを「嫁」と呼ぶ宮田さんなんなん?アイドルとしての意識だったり、界隈へのご配慮が凄すぎでは??

 

上記の情報をヲタクから仕入れた時から既に頭を抱えていたのに、実際にラジオから聞こえてくる本人からの玉森さんへの「嫁」発言に意味が分からなくて余計に頭を抱えた記憶があります。

 

 

その後、私に残された休日はひたすらにキスマイさんの円盤を視聴しました。

今は2014年から19年までの円盤を視聴済みですが、現状1番好きなのはみゅーころです。

(VersuSの演出がたまらんのと、パンパパンMデーーース!のKEN-KINGがとにかくツボ)

 

 

 

 

10/19 宮玉看板と初接触

→渋谷には「宮玉看板」という新名所が爆誕したことは皆様ご存知でしょう。

自他ともに認めるフッ軽ヲタク、早速その名所へ訪れました。

 

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https://twitter.com/tmtm_tm5/status/1318110505253310465?s=21

 

この名所に訪れるのはこの日が最後だろうなー…と思っていたヲタクが、今後幾度となく通うこととなるとはつゆ知らず。

 

 

 

 

10/21 玉森さんが下ネタ好きなことを知る

→キスどきを見て、ラジオを聴いて少しずつ分かってきたこと。

とにかく彼は口を開ければ下ネタしか言わないということ。

 

本人曰く「ピー音が入るか入らないかの瀬戸際な下ネタはどこかを探っている」玉森さん。

ドキュメントだったりメイキングでも、とにかく彼だけ規制音祭り(それを脈略なく発言するもんだから聞いてるこっちは何を言ってるのか本気で分からないのが困る)

 

しかも下ネタのレベルが小5くらいなのが本当に困る(好きです)

 

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玉森さんに関してはあまり口の悪いヲタクをしたくないのであまり強く言えないのですが、おそらく5年くらいヲタク続けたらそのくらいの事は言ってしまいそうな気がするので、同担の皆様はお気を付けてくださいね(なにを)

 

 

 

10/23 カレンダーの卒業

→来年、10周年を迎えるキスマイが、来年度からのカレンダーを卒業することを知りました。

率直な感想としては「あれ、デジャブ?」です。

 

振り返ること12年前、10周年を迎える前の自担Gも同じように10周年を迎える年からのカレンダーの卒業が決まっておりました。

 

どうもハマったタイミングが共に10周年を前にした時なためか、これを機に色々とデジャブを感じる瞬間と多く遭遇していきます。

 

 

 

 

10/25 平古祥平との出会い

→どうやら、パラビにてグランメゾンに出演する玉森さんが演じる平古祥平のサイドストーリー「グラグラメゾン」が配信されているこということを知ったヲタク。

 

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幸運なことに深澤さんを推している母親が、たまたまスノ目的でパラビを登録していたためにそのおすそ分けを頂くことができ、さっそくグラグラメゾンを視聴。

 

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いやほんとうに平古祥平の顔がいい!!

サブストーリーを見ているだけなものの、彼の抱える闇だったりとかを感じると共に平古祥平の顔面がとにかく良いもんだから、全てのお話の一番最初の感想は必ず「顔が良い」となる。

 

あーーーーーーーんなに顔のいい男が 

リアルタイムでは「みあた、ねむい」とぽわぽわ発言をしたり、大喜利で「うんち掴み取り」とニコニコでど下ネタぶち込んだりするもんだから、ほんと玉森裕太って堪んないですね……

 

 

そんなパラビでのサイドストーリーの配信が年内終了ということで、いつでも見れなくなってしまうという寂しさはありますが、ドラマのBOX買おうと決意するきっかけになったのである意味ありがとうございます(?)

 

 

 

その後11月はTwitterで知り合ったヲタクと遊びに行ったり、玉森さんの生写真買ったりと楽しいヲタク生活をしました。

 

そして、その後もありがたいことに宮玉看板の設置は続き、様々なパターンの宮玉看板を撮影させて頂きました。

 

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天候、季節によって雰囲気が変わる宮玉看板

いやはや、風情があり素敵ですね(?)

 

 

宮玉看板の前に訪れた人なら共感して頂けると思うんですけど、この看板に向かうべく、ハチ公口改札を出て歩みを進めること30秒、宮玉看板と目が合うと謎の照れから1度看板から離れるってことしませんか?(私だけかもしれない)

 

なんかこの看板と挨拶(?)する時、照れちゃうんですよね。

いやもう2人とも横顔が素敵すぎる上に色白すぎるもんだから、昼間の明るい時間から既に発光してるように見えるし、ここは教会か??と勘違いするレベルの神聖さがこの看板には溢れ出ていますよね。

 

 

さすがにこの宮玉看板も年内いっぱいだと思うので、残り限られた時間を少しでもこの看板と過ごせるようにスケジュール管理を進めていきたいと思っております。

 

 

 

11/16 紅白歌合戦の出場の発表

→キスマイさんの紅白歌合戦への出場が決まりましたね。

 

速報が出た時、まず「あ」行よりも先に「か」行の出場陣から確認し、キスマイさんの名前を確認した時は新橋のオフィス街の交差点で思わずスキップしてしまいました。

 

それくらいキスマイさんの紅白歌合戦の出場は嬉しいものでした。

 

 

 

思い出せば、1年前の紅白歌合戦

キスマイさんが初出場を決めた紅白歌合戦

 

その時はまだ何者でもなかった私でも、

Everybody Goを歌うキスマイさんを見て

一緒に見ていた母と本当に良かったと感動してたのを覚えていました。

 

 

そして2度目の出場の知らせが出た日の後日、

何となく改めて、その時の映像を見返していました。

 

自担が「おめでとう」というその姿は、

10年前、自担達の初出場を祝ってくれた中居先輩と全く同じ立場で。

あの時中居先輩に「おめでとう」と言われて緊張しつつも喜んでいたその人が、あの時と同じように、キスマイさん達に「おめでとう」と伝えていて。

 

時間はかかってしまったけど、私がこの人達のことを好きになるのは、もしかしたら必然的だったのかもしれないなーと思いながら感動しておりました。

 

 

今年はファンとして。

2度目の彼らの姿を見ることが出来たらなと思うと同時に、自担Gのオンライン配信があるので、私は一体どうやって見るつもりなのだろうと今から不安で不安で仕方がありません。

 

 

 

11/21 といずリピート配信

→「神イベ」ってこういうことを言うんだなと思った。

 

恐らく、私と同じような沼り方をしたヲタクは、沼ると同時にどうして宮玉爆弾が投下された1週間前に生配信されたといずのオンライン配信を見なかったんだ!!!と後悔されたはずでしょう。

 

その後11月の頭に配信されたアラフェスのリピート配信が決まり、V6兄さんのコンサートのリピート配信も決まり、頼む頼むと願っていた所でのといずリピート配信。

 

神か??事務所およびえいべは神なんか??

ありがとう東京ドーム、ありがとう事務所、ありがとうえいべ、ありがとうキスマイさん。

2日間に渡って開催されたリピート配信、楽しく見させて頂きました。

 

 

いやほんとうに玉森さんのお顔は良い。

もはやどう良いかとかお伝え出来ないんだけど、とにかく何でも許せちゃうくらいには顔が良い。

 

 

間違えちゃったーなタカシだったり、

うぃあきすの宮玉さんだったり、

しははの昭和ボケをかましてくる横尾さんだったり、

相変わらず生き急いでるんか?ってくらいの早取りな北山さんのダンスだったりと、ヲタクと共有しながら見ることが出来て本当に嬉しかったです。

 

 

そんなといずが1月には発売されるということで、今はそれをモチベに日々生活しております。

私個人としては、その日が死期だと思っておりますので(主に宮ニカ玉のせい)、指折り数えて楽しみに待たせて頂きます(?)

 

 

 

11/23 玉森さんのドラマが決まる

→といずの発売とほぼ同タイミングで決まった、玉森さんの出演ドラマ情報。

 

子犬系男子

御曹司

カメラマン

とにかく強すぎる顔面

 

これ全人類が愛さない理由逆にあります??

おまけにカフェラテの擬人化なんか?っていうくらいゆるふわビジュアルなもんだからこりゃ困った。

平古祥平からの潤之介の雰囲気が違いすぎて、俳優を生業としてるアイドルってやっぱすげーなと思いました…絶対アカデミー賞の会場行こうな…(?)

 

 

これまで、散々顔が良いを連呼させて頂いているので、こいつ頭を弱いタイプのヲタクだなと思われると思うんですけど、結構擦って分析するのが好きなタイプで。

私が推しとか関係なしにアイドルとしてトータル的な能力で推している第39回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を取った男がいるのですが、その人の演技擦るだけ擦ってきた身として、彼の演技って少し通づる部分があるなと思って見てるので、普通に本気で俳優頑張って欲しいなって個人的に思ってます。

 

 

 

 

 

 

 

玉森さんと出会えて良かったと思えた最大とポイントとして、「『長生きしよう』と思えるようになった」っていうのがあります。

個人的に、自担に対してかなり拗らせたヲタクをしているため、数年前から自担が死ぬ前に死のうとずっと心に決めておりました。割とガチで。(意:自担のお別れ会に絶対行きたくない)

 

でも、玉森さんを推し始めて自担が仮に早死しても(言い方)、玉森さんがいるならもう少し生きてみるのもありなのかなと思うようになりました。

 

 

男女共に色んなアイドルを見てきましたが、男は自担以外にはどっぷりハマることの無かった私が、まだまだ歴こそないものの初めて自担以外にも見守っていたいと思えた方が玉森さんなので。

これからも末永く玉森さんのことを見守って行ければなと思っております。

 

 

とりあえず早くコロナ消えてくれ!!!!

そして席は問わないから玉森さんに会わせて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

個人的に今ヲタクが悩んでることを箇条書き

 

・いつか訪れるかもしれない宮ニカさんのユニット曲が披露される時、私は一体右手に持つ1本のペンラをどっちの色で振ればいいのか(まじで選べないどっちもすごく好き)

(母親にガチめに相談したら「知らんがな」と言われました、あざす)

・玉森さんを野鳥するためにやはり防振を買うべきか

・「宮田さん」と呼ぶべきか「俊くん」と呼ぶべきか

・いかにキスマイANNPにパンチのあるメールを送ることが出来るのか

(ここの欄は定期的に増やして減らしてく)

 

 

 

 

半年前までは一切想像もしていなかった世界に今の自分はおりますが、どうにか彼ら、そして玉森さんのおかげで私は来年以降も息をする事が出来そうです。

 

とりあえず次はニカ玉さんのまとめブログとか書ければいいなと思ってたりするので、もっとヲタクレベル上げるべく、修行を積んできますね。

 

心は新規の自担10年選手ヲタクになりました

 

 

 

 

心はまだまだ新規ヲタクな私が

自担のヲタクを開店してから10年を迎えてしまいました。

 

 

 

いまだに自担のことはよく分からないことだからけ。

先々月くらいに番組で行われていた自担クイズに至っては裏を取りすぎて正解数はゼロ。

そんな私ですが、自担を推して10年が経とうとしています。

 

 

 

今日はその10年を祝して

私の思い出話を繰り広げたいと思います。

どっかの誰かさんに似て、記念日大好きヲタク!!!

 

 

 

私が私に送る、私の為のヲタク備忘録

 

 

 

 

 

 

ヲタクといえば、

「あの時やってたあの番組を見て」

「あの映画を見て」

という感じでそれぞれの自担と出会い、興味を持ち、ファンになり、そしてズブズブのヲタク沼に嵌るものです。

 

 

 

 

残念なことに、私と自担にはそういうきっかけがなく。

本当に気が付いたら自担のヲタクとして着地していました。

 

 

どうしてもきっかけらしいきっかけを挙げるとなると

 

思い返すこと10年前

 

 

当時葉担だった私は、二宮担の母と共に「ARASHI 10-11 TOUR "Scene"〜君と僕の見ている風景〜」の東京初日(11月19日)公演に行きました。

 

 

 

そこで披露された、みんなが大好きな自担のあの曲。

赤い軍服風衣装を見に纏い、踊っている自担を見た私は幼心に

 

「かっこいい(帽子が)」

 

と思って彼のソロ曲を見ておりました。

 

 

 

終演後、私はずっと「あの時の帽子がかっこよかった!!」とずっと母にそこの感想ばかり伝えていたそうです。(母談)

 

その数ヵ月後に発売された国立競技場でのコンサートDVDを見た私は、自担がかぶっていたその帽子の形状が私が見たそれとは若干異なっていた為、「私が好きな帽子じゃない!!」と文句を言っていたのは今でも忘れもしません。

 

 

 

恐らく、根本的なきっかけはそこにあったかと思われます。(まじか)

 

 

 

 

そこから順調に自担道を進むかと思いきや

帽子から沼ったヲタク、そんじょそこらのヲタクとは訳が違います。

 

 

ここからの私のヲタク歴史は

【中学時代前期】

【中学時代後期】

【高校時代前期】

【高校時代後期】

【大学時代】

【現代】

六時代で構成をされております。(ワンチャン身バレ不可避)

 

 

 

 

 

 

 

 

【中学時代前期】

 

当時、Twitterはpixivに並ぶクラスのヤンチャ生徒が使うイメージを持ち、避けてた私。

(そもそもTwitterの場合は存在すら知らなかった)

 

自分の携帯を手に入れ、家庭内にパソコンが参入されたのち、私はインターネット掲示板にて顔も知らないヲタク達との交流を深めました。

 

 

・めちゃめちゃ山贔屓な小5(のちに買う二匹の猫に「智」と「翔」と名付ける)

・関西在住櫻井担の小5(のちに10年以上の付き合いとなる)

・リーダーポジの小6二宮担(もうめちゃめちゃ腐女子)

・私(初期は葉担:中学1年)

 

 

ここまで覚えてる私が私は怖いよ

他にも色々仲良くしてたヲタクは沢山居たけど、特に印象が強いのはこのメンバー

 

初めて行くコンサートの前後くらいのタイミングで始めて、

掲示板サイトが潰れる翌年夏くらいまではここで生息してました。

 

 

 

掲示板を始めた数ヵ月後に東北の震災がありました。

 

 

遠く離れた場所で起こる出来事ではあったものの、

「これからどうなるんだろう」と不安だった私にとって、

嵐とそこの子達の存在は凄くありがたかった。

 

 

おまけに、私は学校の中でアイドルにキャーキャーするのが恥ずかしいと思っていたので

ヲタクの友達が元々多くはありませんでした。

なので、顔は見えずとも掲示板の中で、気の合う仲間たちと嵐の話をするのは

当時の私にとって非常に居心地のいいものでした。

 

 

 

そんな感じでネット掲示板にズブズブだった私は、

山贔屓の櫻井担と関西在住の櫻井担の影響を受け、ズブズブに自担に堕ちて行きました。

 

それに加えてその櫻井担達が、はちゃめちゃに貶し愛なヲタクだったため、

その影響を120%に受けた私はもうズブズブに貶しヲタクへと成長してしまいました。

 

 

やれ自担が太いだの

やれ自担がブスだの

やれ自担が(ダンスを)サボってるだの

 

バラエティで見る自担、歌番組で見る自担、

ドラマで見る自担に対して当時思春期真っ只中の私はやんや言っておりました。

 

 

今思えば、

当時30手前と言えども今と比べれば遥かに細いし、

イケメンだし、

ダンスもキレッキレだしで、

お前の目は節穴かと当時の自分をはっ倒したくなるレベルの自担のクオリティなのですが、

 

 

思春期真っ只中。

まるで小学五年の男子児童かの如く、好きな人には優しくできない気恥ずかしさを持っていた私は、自担の悪口を言うことで自分の心の奥底にある「好き」を表現していたように思います。

 

 

 

 

 

 

 

【中学時代後期】

 

ネット掲示板期を経て、中学2年の夏頃に掲示板のサイトが閉鎖。

 

居場所を失った掲示板のヲタク達は、皆でアメーバへ引越しをすることとなりました。

 

 

今はもうあるか分からないけど、アメーバブログで有名なアメーバサイト内では当時、Twitterのような呟きシステムを駆使して、今で言うフォロワーと交流できる場が用意されていました。

 

 

ネット掲示板で行われていた内野的なコミュニティから、

外野のコミュニティも加わることができる環境で起こる変化というのももちろんありました。

 

 

 

とにかくヲタク同士の揉め事に巻き込まれることが増えました

(原因は主に私)

 

ズブズブの櫻井担達にズブズブにされてしまった貶しヲタクな私は、

その場所でも掲示板時代と変わらないコミュニティの中で自担の悪口ばかりを言う日々が続いておりました。

 

 

ネットリテラシーの知識もまだ浅く、いくら仲間内でワイワイやっているだけとはいえ、

公開アカウントで繰り広げるその言葉が他のファンの目に入らないということはありませんでした。

 

 

気が付くと「翔くんの悪口を言わないでください(>_<)」の言葉。

それに反論をする気も無かったし、悪口を言ってしまう私が100悪いのは勿論分かってるんだけど、思春期の私はここでその言葉を飲み込んで、自分の気持ちに素直になって自担のことを愛してあげることは出来ませんでした。

 

 

 

だいたいこの頃から、私の細かい自担への貶しっぷりに、

中学の同級生達からも「(お前葉担ではなく櫻井担なのでは……?)」と思われるようになり、中学二年の冬くらいには周りからは正式に自担のヲタクとして周知されるようになり、私自身も諦めて(?)自担のヲタクを名乗るようになりました。

 

 

 

その頃の1番の思い出は、文化祭前夜の深夜12時頃、塾帰りの友人から私の自宅の近くで自担がドラマ撮影をしているという情報を聞きつけ、学校で仲の良いヲタクの友達(とその母達)と肩身を寄せあって遠くから自担の撮影現場を覗いたことです。

 

自担は全く見えなかったけど、それでもあの時の私は自担と同じ空間に居るって気持ちだけでいつもより少し浮き足立ってたような気がします。

(それを口にすることはなかったけど)

 

 

 

 

【高校時代前期】

 

そして高校生になった私。

アメーバで繋がりのあった友人達とは気付いたら疎遠となっていて。

それでも関西の櫻井担とは手紙だったりメールでのやり取りを続けているものの

 

友達が欲しい

 

そう思った私はいよいよ、不良のたまり場(超偏見)であるTwitterへと進出します。

 

 

アメーバなんかよりも更にグローバルにも広がったTwitterという世界。

もう友達が出来ないわけがない!

おまけに時は2013年下半期。

知ってるヲタクは知ってる、大体のヲタクが「黒歴史」と呼ぶあの時代直前の頃。

 

もう周りには貶しヲタの同志しかおらん!!!!

 

そんなこんなでTwitter界隈での私のヲタクライフはまさにハッピーそのものでした。

 

 

 

それに対してのリアル世界での高校生活。

 

中学時代から「嵐のファンと付き合うんだ!」と謎の野望を掲げていた私。

 

 

 

なんと部活で出会った同級生に同担が居たのです。

もう好きにならない訳がない。(今思えば200%不純)

 

高1の夏頃から私達は何となくお付き合いを始めて、部活の仲間達と一緒にプールに行ったり、人狼大会したり、家に遊びに行ったりしてました。

 

 

 

 

その中で唯一、2人きりでやったこと。

「自担の主演映画を観に行く」

 

 

もう一生忘れん、お昼すぎ位にみなとみらいで待ち合わせをして、

みなとみらいにある映画館に行って、2人の推しである自担の映画を観に行った。

 

それ以降の記憶は全くない!

自担の映画の内容など2割も覚えてない!!

プールで浮き輪に浮かんで飲み物を嗜む自担のシーンくらいしか覚えてない!!

 

楽しかったか楽しくなかったと問われると

なんも覚えてないから楽しくなかったとしか言えない(?)

 

それくらい、淡い恋だったんですはい。

 

 

 

 

 

 

まぁその4ヶ月後くらいに2人は別れるんですけども。

原因は自担。

 

その頃の私も中学時代から何ら変わらず、貶しヲタクを発揮していた為、

それが嫌になった同担の彼は

 

君は本当の翔くんのファンじゃない

 

そう言われて別れを告げられました。

(この言葉は恐らく一生忘れん)

 

 

いや、そもそも「本当の翔くんのファン」って何?

自担のことは全肯定してあげるのが本当のファンで、

私みたいな好きの裏返しみたいな悪口ばっかりな私は本当のファンじゃないの?

こんなに好きなのに?

 

 

彼に振られたことよりも、「本当のファン」について考えて2週間くらい体壊すくらい病んだことを覚えています。

 

 

 

 

【高校生後期】

 

同担との彼とも別れ、その傷も癒えてきた2014年。

 

ついに知ってるヲタクは知っている、嵐ヲタ暗黒期が始まります。

 

 

白塗り自担の加工アイコン

レギュラー番組が放送される度に増えるbot

とにかく止まない櫻井いじり

なりきり

顔真似

声真似

 

 

 

もう全部やり切ったヲタクは「神」と呼ばせてください(?)

若かったね、とも思うし

本当にみんな馬鹿だったね、とも思う

でも本当に楽しかった。

 

 

コンサートに行く度にフォロワーと会って

ちっちゃい規模から、50人以上のでっかい規模の集合写真を撮って。

 

 

今まで「ネットで関わった顔も知らない友達」だったものが、

ネットで知り合った一緒にお出かけもする友達」に変化出来たのはTwitterがあったからこそ。

 

 

Twitterというツールで知り合った友達の家でお泊まり会をしたり、

メンバーの誕生日に集まって本人不在なのにケーキを囲んでお祝いしたり、

ただ渋谷で集まってご飯食べたり、

 

「学校」という集団の中だけでヲタクをしていたら出来なかったようなことが、

沢山できた充実した高校時代だったと思います。

 

 

それこそ、大晦日の日に始発で東京ドームでたった1枚の自Gのうちわを買う為だけに集まって、「そのあと暇だから八潮行こうぜ!」となって八潮団地観光するとかなんて、普通の友達じゃまずしないし、そもそもそんな提案しないよね。

 

 

 

 

【大学時代】

 

 

そのあと、「嵐」が好きすぎて東京ドーム近くの大学に進学した私

(東京ドームを定期圏内にしたかった)

(まじで私の人生の選択の8割があらしのことを思うが故の不純)

 

 

個人的に未だに覚えてるカオスなヲタク場面は、

ワクワク学校の開演中に30ゲート前でヲタク7人くらいでババ抜き大会をしたことですかね。

 

 

ババ抜きに限らず、大富豪にスピードだったり……できる限りのトランプゲームをあの場所で輪になってやっていた記憶があります。

 

何度考えても、中で嵐さんが真面目にヲタク達に「学び」を教えてくれてる外で地べたに座ってトランプ囲んでみんなでババ抜きしてるとかカオスすぎるでしょ……。

 

 

 

大学生となり、20歳も過ぎた頃

ヲタクはいよいよ「」というのを覚え始めます。

 

コンサート終わりの居酒屋の楽しさを知り、とりあえずコンサート終わると呑みに行き、

たとえ会場推しでドームに来ただけでもある程度人数が揃うと呑みに行き、

 

もう嵐に会いに行ってるのか、

ヲタクに会いに行ってるのか、

今はもう分かりませんが気の合うヲタクたちと大好きな5人の話を肴に飲むお酒は本当に楽しいし、美味しかった。

 

 

 

 

そして迎えた2019/1/27

 

父の誕生日を祝うべく訪れたカラオケの席で、スマホを開いて見てしまったあの文字

嵐5人の言葉

その夜のあまりにも前向きな5人の姿

 

あの時の感情はここのブログに書き殴ってるからいつでも見返せるけど、見返さなくてもあの時の気持ちだったり何が起きてどうなったかっていうのはすごく覚えてる。

 

その3日後、たまたま前から会う約束をしてたヲタクとの飲み会では、自分が今まで行ったコンサートとか、観覧の思い出とかの話で盛り上がったけど、誰も未来の話なんかしないし、時たま訪れるお通夜みたいな瞬間は、今ならおもしろ話になるけど、みんな辛かったよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「後悔はしたくない」

その気持ちから、嵐のコンサートに行くときは

この景色を忘れないよう、とにかく目に焼き付けるのに必死になってたし、

猪突猛進タイプな自分の性格を尊重して、当時真っ只中だった就活もすっぱり辞めた。

 

 

今考えてみても、去年の私の行動力はレベチすぎたけど

後悔は何一つしてない。

 

 

 

 

これまでのはてブロでも上げてるけど、

あの時の活動休止の発表がなければ出会わなかったかもしれない友達もいるし

旅行行ったり、飲み会開いたり、大晦日オールしたり

こんなに仲良くなれなかったかもしれない友達もいる。

 

 

 

あの時と変わらず、まだ「あの時活動休止発表があってよかった」とは言えない状況だけど

活動休止の発表がなかったら出来なかったかもしれない思い出が去年はいっぱい出来た。

 

 

 

5×20最終日、色んなことを思い出しながら自担を見ていた。

ファンサこそしないものの、ファンの子の顔をしっかりと見て手を振る自担

ピアノを弾く自担

はち切れんばかりに大きく手を振ってくれる自担

天井ばっかり見てる自担

一人だけソロコンタオルを振って歌う自担

若干遅取りなダンス

とにかく私が見たい自担をとにかく目に焼き付けた

 

 

 

 

その中でふと思い出したのはFace Down見ている時

あれを地上波で最初に披露したのは確かMステ

黒いシャツに黒いパンツというめちゃくちゃシンプルな衣装がとにかく自担に似合っていた

そんな衣装を見に纏い、赤の照明に照らされながら披露される自担のラップ

 

それを見た時、私は初めて自担のことを「かっこいい」と、

しっかり言葉にして発したのを覚えています。

 

かっこいいなと思う場面はそれまでもあったはずなのに、それをきちんと言葉にして声に出すことを恥ずかしいと思っていた思春期時代。

そんな時代に、初めて「かっこいい」と言えたのは、Face Downの自担を見た時でした。

 

 

そんなことを思い出すと、何故だか涙が止まらなくなって。

Face Downというゴリゴリのダンスナンバーで大泣きする厄介ヲタクとなっておりました。

 

 

この人のことをずっと好きでいれてよかった。

とにかくその言葉に尽きるのですが、私の場合本当に長い間思春期の壁によって素直な気持ちを言葉にすることができなかったので、それこそ自担にとっては相当厄介なヲタクだったと思います。

 

でも、私をここまで成長させてくれたのは間違いなく自担。

ありがとう自担。本当に大好きだよ、自担。

そんな気持ちを改めて実感した素敵すぎる2019年の終わりでした。

 

 

 

 

そしてヲタクの悲鳴によって明けた2020年

「明けましておめでとう〜〜〜!!」と本来みんなでめでたく祝う場面が

「ぎゃーーーー!!明けちゃったよおおおおおんうわあああああ!!」から始まる

ある意味楽しい現場からヲタクは始まりました(?)

 

 

 

迎える大学の卒業式は自担色の袴を着て、その帰りには赤城神社に寄り、

自担のうちわを持って東京ドームの22ゲート前で写真を撮るんだ。

 

 

そんなヲタクの小さな夢はコロナによりぶち壊されました。

 

 

 

【現代】

 

 

北京に行く予定だったのに。

なんなら北京に行った翌々週頃に開催されるはずだった

新国立競技場の場所で、ヲタクたちに北京のお土産をばら撒くんだという

プランまで考えていたのに。

 

 

おかしいな、今年で捨てるはずだった海外童貞と国立童貞、まだ嵐にあげられてないや。

 

 

 

「おかしいな」

「こんなはずじゃなかったのにな」

 

 

 

あの時、東京ドームの地で自担が言ってくれた

「もう付いていけないかも、そう思う人がいるかもしれない」

まさにその人間になるとは思ってもみませんでした。

 

 

 

 

冷めたわけじゃないし、降りるつもりも毛等も無い。

ただ、個人的に例年だとよくある嵐以外に興味が湧く上半期の感覚がずっと続いている感じ。

俗にいう現実逃避ってやつだと自分でも思っています。

 

 

 

後ろばかり振り返る自分に対して、

嵐はただ前だけを見てぐんぐん進んでいく。

私はその歩幅に合わせて歩けないでいる感じ。

 

 

 

 

でも、仕事をしていて業界が業界だから、風の噂で流れてくる嵐の話。

「いや、嵐は本当にすごい」

「まさに国民的アイドル、ですね」

職場で聞く嵐に対しての言葉を聞けば聞くほど、

私って今までとんでもない人たちをがむしゃらに応援してきたんだなと思わされました。

なんだか私が誇らしい気持ちになりました。

 

 

 

やっぱり私、嵐を好きでいてよかったな。

仕事をしている中でそう思う場面が何度もありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔も今も、私にとって嵐が原点であり、頂点だと思ってるし

自担に対してはこの10年、省エネダンスで腹立つことももちろんあったし

一週間でコロコロ変わる顔面のビジュアルに毎週文句も言ってきたけど

初めて自担のポスターを家に飾るようになった時から、

私の部屋には今も変わらず自担のポスターしかありません。

 

 

これから、どんなに顔面の強い推しが現れても、

高学歴で面白くて、私が世界一好きな松坂桃李の顔面を持つアイドルが現れても

残念ながら自担が一番になってしまうんだと思います。

それくらい、自担に関しては好きとかそういうのを超越した存在です。

 

だって他のアイドルで10枚も全く同じ顔・同じデザインのうちわを買いたいと思わんもん。

自担に至っては買ってタンスの肥しにしてても、

「こんなにあってもあれだし、メルカリに出すか」とも思わんもん。(?)

 

 

 

 

 

この10年、一人の男を愛し続けてしまったヲタクですが

たった一人だけでヲタクをしていたら、間違いなく今私はここにいなかったと思います。

 

私を自担の沼にはめたズブズブの同担はもちろん、

黒歴史時代のヲタク達と出会ってなかったら、今ここまでの交友範囲じゃなかったし

辛い時に支え合うことも出来なかっただろうし、

本当に私は沢山のヲタクに囲まれていたからこそ、自担の魅力に気付けたし

その好きを共有することで、より嵐を、自担のことを好きになれました。

 

 

「翔くんの悪口言わないでくだい(><)」

「君は本当の翔くんのファンじゃない」

そう言った周りのヲタクも含めて、私と出会ってくれてありがとう。

おかげで楽しい10年を過ごすことができました。

 

 

 

 

 

そして自担。

10年前の今日、そして丁度この時間に私は貴方を見て

貴方のことを好きになる鍵を手にいれました。

 

 

私はその鍵の扉を自分で開いたわけじゃないけど、

開いた先で貴方からは沢山の愛を貰いました。

沢山の愛を貰っているのに、本当に長い間素直になれなくてごめんなさい。

 

貴方の発する言葉1つ1つが大好きです。

ファン1人1人を本当に大事にしているところも大好きです。

メンバーを、そして仲間を大切にしてることろも大好きです。

もう挙げるとキリがないので、「自担の好きなところは?」と聞かれたときは

生き方」と答えるようにしています。

 

 

私はたった10年しか貴方のことを見ていないので

まだまだヲタクとして日が浅いですが、とにかく貴方の全てが大好きです。

 

 

 

出会ってくれてありがとう。

貴方のことを見つけさせてくれてありがとう。

この10年間、本当に楽しかったし幸せでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんかお前担降りするんか????

みたいなブログになってきたけど、

ヲタクはまだまだヲタクを辞めることはなさそうです。

 

 

 

だって

「変わらぬ愛を〜〜」って歌うこのままもっとの自担をこの目で見るまでは死ねないし、

PIKA☆NCHIの自担ラップだってまだ一度も生で拝んだことないし、

なんならHip Pop Boogieだってまだ生で見たことないんや!!!!!!

 

いや!なんならまだ国立行ってないし、北京の鳥の巣にも行かせてくれ!!!

 

 

 

そんな感じでまだまだ新規の自担10年選手ヲタク、

自担と叶えたい夢、見たい自担の姿

嵐と叶えたい夢、嵐と共に見たい姿

実現できていないこと、やりたいことが山ほどあります。

 

 

 

そのためにヲタクがこれからできること

とにかく気長に待つ

いつ何が起きてもありったけの財力をぶち込めるように働く、金を貯める

自担の単独仕事の時は貢献をする

もちろん他メンの仕事に対しても貢献をする

健康でいるために運動は欠かさない、よく食べよく寝る

 

 

 

私はやっぱり、アイドルをしている自担が世界で一番大好きなので、

2020年はとにかく見届ける、そして2021年以降はウジウジしないで

いつか来るかもしれないその時のために、とにかく生き続ける。

 

 

とにかく猪突猛進!

私は私らしく、11年目のヲタクライフを私なりに楽しんで行きたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.S 自担へ

 

もしこれを読んでいたらいますぐ髪を切ってください。

前髪が邪魔でデコ出しするくらいなら

どうかその髪を切ってくれ。

 

ヲタクより

世界で3番目に苦手なアイドルだった人に3日で落ちた話

 

 

 

 

 

 

シンプルに落ちた。

 

 

 

 

もうすぐ自担のヲタクになって10年♡

ヲタク10年備忘録でもはてブロに書こうかな♡

と思ってウキウキで自担のヲタクしてたのが1週間前

 

 

 

 

その一週間後にはとあるグループの1人の男のせいで三日三晩寝不足三昧、仕事中もそいつのことで頭がいっぱいにまでなってる。

 

 

 

 

 

 

私がハマった男は元世界で3番目に苦手だったジャニーズアイドルである。

 

 

 

 

 

 

もうなんでもいいから誰か話聞いてくれ

いや、聞かんでいい、私が話したいから話す

 

とにかく私が私のために書く、3日で落ちたヲタクの備忘録

 

 

 

 

 

 

先週末、とあるジャニーズアイドル2人が主演するドラマが配信サイトにてアップされるというニュースが流れ込んできた。

 

感想は「ファ!?!?」である

 

 

いやまじで同じジャニーズのアイドルのヲタクをしていたとしても「ファ?」だし「ファ!?」である

 

 

とにかく、反射神経で予告編を見るもキスシーンで突然怖くなってそっ閉じしてその時は事なきを得た(全く得てないけども)

 

 

その翌日、とりあえずそのドラマの原案とされてる三部作の曲を聴いた

 

まじで宇宙猫の感情である。

去年のワクワク最終日で起きたにのあいキョンシー事変を目の前(双眼鏡越し)で見させられた時と同じ感情。

 

 

 

 

え?ビジネス腐なの?それともガチなの?

とりあえず彼らに関する文献(?)を全て読み漁った。

ビジネスに思えてくる清々しい程のガチであった。

 

 

 

 

「お母さん!!!すごいビジネスだよ!!」

とその日はその2人の事を夜な夜な母に説明していた。

 

 

 

 

翌日

その2人が所属するグループのコンサート映像がYouTubeに上がっていたので全部見た。

 

 

 

 

その人は基本真ん中から居なくならないから見失う事がない、なんなら凄く見やすい。

しかしその人は特に何もしない。

「いや、貴方センターだよね??もう少し頑張らない??」と私が動揺するくらいとにかく何もしない。

 

どちらかというと私の自担も何もしないタイプ。

ワイルドアットハートでお気に入りのリズムが来ると、ファンの事などお構いなしにリズムに乗って頭振るタイプの人。

 

 

そこで好感度が500くらい上がった(上がりすぎ)

 

 

 

その後その人のまとめ動画を見た。

 

 

シチュエーション演技で「見て見て!走っても零れてないよ!!」と飲み物を乗せたトレイを持って駆けてきた後に見事な程のすっ転びを見せた。

 

 

あ、落ちた。

なんか今落ちた音したよ~~~~~!?!?

 

 

自分でもビックリするくらいそのすっ転びですとんと落ちた。

自担でもこの感情知ること無かったのに!!!

 

 

 

 

 

わずか3日。

3日で落ちたなんて初めてだよ???

 

 

 

すぐに予告編見たし、配信サイトも即入会した。

 

 

 

 

落ちた報告を各所にしたら

優しいヲタクが私をめちゃめちゃ教育してくれた

(まじで優しいかよ)

 

 

 

 

翌日

寝不足の中、仕事には行った

とにかく眠すぎたけど気力だけで乗り切った。

 

 

家に帰る流れでTSUTAYAでめっちゃアルバム借りた。

近年は自担グループもサブスク参入して、TSUTAYAさんにも行ってなかったせいでレンタルのやり方を忘れててめっちゃ店員さんに迷惑かけた。

 

 

 

 

その日の夜はひたすらその人のやべー所を永遠に語ってた。

 

 

 

 

 

翌日

また寝不足の状態で仕事に行った。

仕事しながら、小学校の時に9年目のアイドルにハマるのと、社会人になってから9年目のアイドルにハマることで発生する労力はあの頃と訳が違うと思ったので、二度と推しなんか増やさねぇと心に誓った。

 

 

そのグループのRIDE ON TIMEを全部見た。

 

 

 

 

今日

昼休みに配信サイトに上がってた過去の放送を見た

 

 

 

カエルを持ってもらうにも関わらず

ビビった相手を罵倒した後、突然声裏返して気持ち悪いねー!って言うその人の情緒に頭が混乱した

 

 

 

 

混乱したせいで外回り営業で

新橋から何故か溜池山王まで歩いてしまった(?)

 

 

 

 

 

中学生の時にその人のグループはデビューして

ジュニア時代から応援してた友達はあまりのデビュー後の不遇さに怒ってファンを辞めてしまった。

 

思春期の私はそれが凄く許せなくて、

別にその人は悪くないのにこれまで世界で3番目に苦手なジャニーズアイドルに位置付けてしまってた。

 

 

 

それが数年後、こうなるとは誰が思ったことでしょうか。

私が一番思ってないからね。

 

 

 

 

とにかく、今は自担を第一に愛しながら。

新しく出来たその推しの事を少しずつ知っていきたいと思います。

 

 

 

これを見た有識者の方いらっしゃいましたら、

ぜひオススメのコンサートDVD(の形態まで)を教えてください。

 

 

 

 

願うことは2つ。

これ以上省エネにはならんで欲しいことと

顔浮腫むような老け方は絶対するなということ

 

 

 

 

明日の先行配信を待ちながら

週末にはコンサートDVDを買って週末はコンサート見まくろうと思います。

 

 

 

 

降り立つところは終電か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は最高にポエミーな気分なので、

未来の自分に宛てたメッセージを書き連ねようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも、私です。

年も明けて1ヶ月が経ち、2月。

私はいかがお過ごしでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんとご飯は食べていますか?

ちゃんと睡眠は取っていますか?

ちゃんと毎日を生きていますか?

 

 

 

 

 

 

 

今のあなたには聞きたいことばかりがあります。

 

でもまぁそれは、おいおい聞くとして。

 

 

 

 

まずは私の話をしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

2月というのは、私にとっては結構冷め期で。

 

というのも、嵐なんかよりもプライベートな事でやらなければいけない事が盛り沢山な2月は、嵐の事など考える余裕などなく。

今までなんとなく、「この時期になるとなんか嵐追えないなぁ」と思ってきました。

 

 

そんな「冷め期」というのが、まぁ、久々に訪れて。

「え、なんで久々にこんなの来てるんだろ…」と内心戸惑いましたが、

 

思い返してみれば、私にとっての昨年の今頃はこんな事を考える余裕もないくらい、とにかくその時目の前にあった彼らに必死で、もうどうしていいかも分からず、訳も分からない、五里霧中な日々に居たせいで、冷め期どころじゃなかったんだった。と気付きました。

 

 

 

 

あれから1年が経ってしまいました。

1年っていうのはあっという間ですね。

いまこれを読んでいる私も、きっと同じ心境なんだろうな。

 

 

 

1年前の私は、本当に毎日泣いてばかりで。

泣いてばかりかと思ったら突然泣き止んで。

どうしたかと思えばまた突然泣き出して。

とにかくいつ泣き出すか分からない、バイト仲間の中では超要注意人物となっていたことです。

 

 

 

 

 

 

 

あの日を境に未来の事を考える力を失いました。

 

就職活動の中で

 

「あれ、自分って2年後どうなってたいんだろう」

 

頭の中でいっぱい思い描いてたはずの未来が突然見えなくなり、

 

見える未来は「来年の今頃コンサートがあったら新社会人なりたての私はどうなるんだろう」と心配ばかり。

 

なんにも見えないなら、いっその事、見えるようになるまで何もせずにいよう。

そう思って、就職活動を辞めましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その決断は果たして間違っていたでしょうか。

ちゃんと未来が見えていますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここでは、あれから3ヶ月の時が経とうとしています。

満員電車にもう長いこと揺られていたあの時。

 

 

 

ドドドド、突然満員電車の中にいた沢山の人が降りていきました。

少しだったかもしれない。

 

 

でも、私が乗っていた電車はとにかく満員だったから、多くの人が、とある駅でドドドド、っと降りていく様を私は見ていました。

 

 

その波に呑まれて、私も下車させられそうになりながらも、なんとか持ちこたえて。

 

 

 

 

 

 

何人かの見知った顔が、その満員の波に呑まれて降りていく様も見てきました。

手を差し伸べるべきかも考えました。

 

でも、満員の電車内での下車ラッシュの波の中、

 

その子の手を差し伸べるとしても、

握ったその子がきっと波に呑まれながら掴んでも、

 

きっと痛いだろうから。

 

 

 

 

降りたくないのに降りざる追えない、引っ張られる手もきっと痛いだろう。

 

結局、手を差し伸べることは出来ませんでした。

 

 

 

 

 

手を、差し伸べるべきだったでしょうか?

というかあの時、どう手を差し伸べれば良かったのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

扉に挟まってる人も居ました。

開きっぱなしの扉もありました。

そんな状態なのに、列車はぐんぐんスピードを上げて先へ進みます。

 

とても惨い情景でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月。

個人的には良い1ヶ月でした。

 

 

「あーーー、あの時呑まれなくて良かった」

「乗っててよかった」

 

 

そんなことを思いながら空いていた座席に座り、

そっと胸を撫で下ろしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月。

 

 

またもや電車を降りる者がいました。

それは以前見た惨いものではなく、静かに、私の隣にに座っていた人間が1人、また1人と立ち上がり、降りていく。

 

 

私はその様子を見て、この電車は一体どこへ向かっているのだっけ………と進んできた道を振り返り、先を見てみましたが、この先がどうなっているかは分からず。

 

車掌室の扉をトントン、と叩いたりもしてみました。

届かないかもしれない言葉もその扉に壁打ちしたりもしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時、新しい路線が開通されたとのアナウンスが流れてきました。

 

以前扉に挟まれてしまった母はボロボロになりながら、

なんとなく、そのアナウンスに耳を傾けていました。

 

 

 

 

今までもその路線開通のアナウンスは流れていたはずなのに、耳を傾けることの無かった母が、今になってその案内の情報を聞いている。

 

 

 

 

 

 

私は背中を押すべきでしょうか。

 

 

「乗り換えなよ」「その方がきっと幸せかもしれない」

その言葉を言うことは出来ましたか?

 

 

隣にいるその人は今、幸せそうですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月。

 

車掌からのアナウンスはないけど、

どうも外の雲行きが怪しい。

 

 

 

車掌のアナウンス通りの道に進めるかどうか……

 

 

 

行先不安定な今に不安を抱えています。

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんとやりたいことはやれましたか?

行先は、素敵なものとなりましたか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前、私が愛する人は言いました。

 

「途中乗車大歓迎です」

 

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ、「途中下車」は何を意味するんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が今乗るこの電車は、最終的にとある駅に止まることが約束されています。

 

そこは、終電でしょうか。

それとも快特列車から普通列車に乗り換えるための駅でしょうか。

 

 

 

車掌は何も言いません。

 

ガタンゴトン、ガタンゴトン

私はその駅の正体も知らず、ただ電車の中で揺られるばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸せってなんだろう?」

「”笑顔”溢れること」

 

 

そんな言葉も愛する人は残していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年12月31日を迎えた今の私は、

 

幸せですか?

笑顔で過ごせていますか?

 

 

毎日酒を煽る代わりにレットブルを煽ってはいませんか?

ちゃんと眠れていますか?

しっかりと食べてますか?

ちゃんと仕事ができていますか?

夢はありますか?

やりたいことは見つかりましたか?

あなたの好きな人たちはいまどうしていますか?

あなたの愛する人たちはいまどうしていますか?

宝箱はちゃん閉じられていますか?

「今」を生き抜くことは出来ていますか?

 

 

 

 

 

「全て」を失っているかもしれないあなたの事を思うと、不安で仕方がありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、私があなたに言えることがあるとしたら、

 

ちゃんと後悔せずに生きてこれましたか?

これからも、後悔だけはせずにどうか生き続けてください。

 

 

 

 

 

 

 

貴方が降りた駅はどんな駅ですか?

 

38歳になった貴方へ

拝啓

 

 


新年も明け、暖冬ともいうことで穏やかな日々が続いておりますが、翔さん及び嵐の皆様はいかがお過ごしでしょうか。

 


昨年末の翔さんも、ベストアーティストや紅白歌合戦の司会から、毎週のニュースキャスターにかけて、さらにはコンサートツアーのラストスパートと大変活躍しており、追う側の私たちも大変でしたが、それ以上に翔さんも大変だったことかと思います。

 


本当にお仕事お疲れ様でした。おかげで、楽しい年末年始を過ごすことが出来ました。

ありがとうございます。

 


11月3日から今の今までが本当にあっという間でした。年々自分の1日の体感、1ヶ月の体感、さらには1年の体感が短くなってきている気がするのはきっと年のせいですかね。

 

本当に嵐さん含め、私たちは随分歳をとってしまったようですね。

(まだ20代なのに何を言っているんだ)

 

 


あっという間だったのは、本当に毎日が今まで以上に目まぐるしく過ぎていったおかげで。

 

それはSNSであったり、YouTubeであったりと、嵐さんが始めた「新しい試み」というのが良い働きとなっているからだと思います。

 


初めは「え、マジでやるの??」と半信半疑で、

周りでも「いやちょっと…」と後ろ向きなファンも居たりしましたが、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と来ると…もう慣れたもんでして。

 

本当、歳を取るってこういうことですよね。

(まだ言うか)

 

 

 


今まで以上に嵐さん、翔さんのことを近くで感じられる環境ができたなぁと。「新開拓」というものを共に行うことは、今、ここに居ないとできないものなので。

共に、リアルタイムで、大変良い経験をさせて貰っているなぁと感じています。

 


逆に嵐の皆さん的には今のこの環境をどう感じているのでしょうか?

今まで以上にファンとの心の距離が縮まったように感じるものなのでしょうか?

客観的に周りを見渡すと、今まで繋がることが難しかった世界と繋がれているような気がして嬉しい反面、この近さが逆に嵐さんに迷惑をかけてしまってはいないかと心配な部分もあったりします。

 

 

 

Twitterやインスタグラムっていうのは、「文字制限」という制限された世界でやっていかないといけないのですが、それがどうにも気に食わない私は今日も翔さんへ
の手紙をしたためております。

(にしてもこの紙の厚さはもう少し制限された方がいい)

 


この手紙は話の8割が昨年の振り返りをつらつら書くこととなるかと思います。

長くなりますが、翔さんの気が少しでも向きましたらぜひ、お付き合いください。

 

 

 

 

 


12月、コンサートも大詰めな5×20の東京公演を見させて頂きました。

 


こんなに長い間同じセトリ、同じ演出を続けるコンサートツアーに参加するのは嵐さんのが生まれてはじめてだったので、

and moreの詳細が発表された時は「いや!長いな!」と思ったものの、ゴール直前まで来ると、とても不思議な感覚になりました。

 


毎週どこかしらで嵐さんがコンサートされていて。たとえその場所に居なくとも、「今頃あの曲をしているのかな」などと思いを馳せてみたり。

 

夕食を終え、ひと段落した所で嵐さんの公演後動画を見て「今日も1日お疲れ様でした」と呟いてみたり。

離れてはいるものの近くに感じられる環境のおかげで、このツアーは私の日常の一部となっておりました。

 


そんなツアーが終わることは、学生生活を終える卒業生の気持ちとどこか似ていて。
明日から今までの日常がなくなる寂しさのようなものを感じながら12月のコンサートに参加させて頂きました。

 

 


1曲1曲を噛み締めながらコンサートを見ていると、普段画面越しでコンサートの映像を見ている時には出ることのなかった感情が溢れてまいりました。

 


その公演で私は2階席のまさに上の方でコンサートを見ていたのですが、やはり、嵐さんの作り出すコンサートの景色は「綺麗」という言葉以上のものは無くて。

序盤のoh Yeah!を聴いている中で、嵐さんの歌声と共に揺れる光の海を見て、


「ああ、本当に綺麗だな」


と感動しておりました。

 

 

 

しかし、「期限」というのが決まっている以上、この景色を見ることにはもう数も、時間だって足りない。


「私はあと何回この景色を見れるのかな」
「またここに帰って来れるのかな」


と不安な気持ちもほんの少しだけ募らせて見ておりました。

 

 

 


私は翔さんのファンですので、嵐5人が好きだと言えど、なんだかんだでコンサート中は翔さんを中心に見ています。

 


上の方でコンサートに参加していると、翔さんは上の方にいる私たちを盛り上げようと常に上を向き、上に向かって誰よりも声をかけてくれますよね。

 

それがもう嬉しくて。同時にとても楽しいです。

 

東京ドームの上の座席に居てもこんなに楽しめてしまうコンサートって、嵐さんの以外にいないのでは?と思ってしまうくらい、嵐のコンサートに参加する「上の方」たちは嵐さんの、翔さんのおかげで楽しく過ごすことができています。

 


腕がちぎれるんじゃないかってくらいいつも手を振ってくれてありがとうございます。
これからも私たちは腕がちぎれるくらいの勢いで手を振り返せるように頑張りますね。

 

 

 

 

 


私がコンサートの中で好きな場面は、翔さんのピアノ演奏と、大野さんのソロダンス後から始まるメドレーの部分です。

 


自分の体よりも何倍も大きなピアノを弾いている幼い翔さんの写真が、少しずつ今の翔さんに変化していく。

あそこで何故か涙が出てきます。

(完全に気持ちは親そのもの(20代/女性))

 

 

 


もし、あの時進むはずの道を翔さんが進み続けていれば、当然今の翔さんは居なくて。

そして翔さんが居なければ今の嵐の姿も、それに着いていく私たちの姿にも変化があったことかと思います。

 

「アイドル」という選択をしてくださったから、今の嵐さんがあり、それに着いていく私たちがいます。

 

 

あの時、それが正解だったのか分からなかったのに、そもそも今でさえそれが正解だったのか分からないかもしれないのに、「ジャニーズ」「アイドル」という選択をしてくださって本当にありがとうございます。

 


と、いう気持ちで見ております。


と同時に、毎週生放送のキャスターの仕事に加え、自身のレギュラー番組、嵐のレギュラー番組、その他様々なお仕事を抱えて多忙なはずなのに、

絶対に練習が必要且つその練習も何度も何度も行わないといけない、

きっと手間も時間もかかるはずのピアノを、コンサートで私たちに聴かせるために、演奏してくださってありがとうございます。

 

 


私はこのコンサートを通して、さらに翔さんの演奏するピアノが好きになりました。

 

 


そしてメドレー部分ですが、あそこにはマジで私の好きな曲しかありません。

もちろん、嵐さんの曲は全て好きですが、マジで秀でて好きな曲たちがあのメドレーには詰め込まれています。

 


なので、あそこの場面で私が思いを馳せることは必然でした。

 

 

 


小学生の時、私は相葉さんが好きでした。「相葉くん面白い」「相葉くんが好き」と言いつつも、なんとなく。本当になんとなくですが幼心に翔さんのことも若干気
になってはいました。

 


しかし、クラスにいるいわゆる「櫻井くんのファン」な少女たちを見ると、とても可愛らしい、女の子らしい子たちばかりで。

別に可愛らしくも女の子らしくもなかった私は「相葉くんは好きだけど、櫻井くんは別に好きじゃない!」と何故か強がっていました。

はい、完全に思春期というやつです。

 

 


櫻井翔さんイヤイヤ期に突入しつつも、翔さんのことがなんだかんだで気になってしまう中学生の私は、

周りから

 

「絶対に櫻井くんのことが1番好きでしょ」

 

と言われるくらい、”何か”がもうバレバレでした。

 


でも、

 

「いや!好きじゃない!一番嫌い!」

 

と強がらせていた私の心をほんの少し溶かしてくれたのが「Face Down」でした。

 

 

 

 

あの時、あの曲で歌う翔さんを見て、初めて私は翔さんに対して「かっこいい人だ」と素直な気持ちを表に出せたのです。

あそこから私の櫻井翔ファンな人生が始まったようなものです。

 


そんなことをコンサート中、ましてやコンサートも中盤のFace Down中に思い出して、何故だか涙が止まりませんでした。

 

 

 

 


コンサートツアーも始まったばかりの時、「シングル曲ばっかりのコンサートだなぁ」と、ネットの情報を見て少しだけ私は不貞腐れていました。


いつも歌番組で歌うシングル曲、コンサートでは絶対に毎回歌うシングル曲、定番中の定番で固められた曲達を嵐さんが歌う20周年のコンサートに、ほんの少しだ
け後ろ向きな気持ちでいた自分がいました。

 


でも実際、コンサートで同じ時間を過ごす中で分かりました。

メンバーの皆さんはもちろん、聴いている私たちにも、1曲1曲それぞれの思い出があるということを。
アルバム曲にだってそれぞれに思い出はあると思いますが、それとは量も濃さも違くて。

 

嵐さんとの思い出だったり、一個人としての思い出だったり、様々ではありましたが、曲を聴く中でその思い出ごと振り返ることが出来ました。

 

 

 


こんなコンサートを作れるなんて。
やっぱりすごいな嵐。やっぱりすごいな松本さん。
このコンサートを経て、さらに「嵐」というものが好きになりました。

 

 

 

 

 


でも、振り返れば振り返るほど今いる所のその先が怖くもなりました。
こんなに楽しいのに。楽しかったのに。この先はどうなってしまうんだろう。

 


未来はあるのか、と。

 

 

 

 

 


私は、「着いて来て欲しい」と言われて、着いていく覚悟を決めたうちの1人です。

 


この1年は本当に、色々とあったので。折り返し地点でもうヘトヘトな人もいました。
「もう無理着いていけない」と後ろを向く者も、足を止める者もいました。
そんな友を見て、私もこうなってしまうのかな‥と不安に感じる日もありました。

 

 

しかしあの時、あの場所で。

翔さんがくれた言葉を信じて着いて行こうと思います。


私は不器用なので、この先何度も転ぶと思います。

足も止めかけてしまうかもしれません。


でも、翔さんが何度も、何度も言ってくれた言葉を信じたい。

 

 

 


何よりも、「もっとこうしておけばよかった」と後悔したくない。
今は今しかないので、不器用なりに着いて行こう、そう決めました。

 


いつもいつも、私達に「言葉」を届けてくれてありがとうございます。
翔さんの言葉で救われている人はいます。

私も何度も救われて来ました。

 


微力ながら、残りの1年。
少しでも嵐さんと共に過ごせるように、

嵐さんの力になれるように。
私も頑張って毎日を生きていこうと思います。

 

 


翔さん、コンサート完走本当にお疲れ様でした。
嵐の皆さんが怪我なく、

50公演走り抜けたことに安心と同時に、

「この人たち本当にすごいな」と思うばかりです。


この約1年半、20周年へのカウントダウンから、20周年後のお祝いまで一緒に楽しい時を過ごすことが出来て本当によかったです。

 


「嵐を好きでいてよかった」


この言葉に尽きます。
そしてこれからも、いつまでも、この言葉を言えますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


さて、話は変わりますが昨年の大晦日は嵐ファンの友人たちと年越しをしました。


「3、2、1、あけましておめでとうございまーす!」

 

と本来なるはずの年越しの瞬間が、今年は友人の

 

「嫌だあああ!」

 

という悲鳴から始まりました。

 

 


改めまして、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

 


私はそんな友人たちの姿を笑いながらスマホの動画に収めていた人間でしたが、

 

「この先、どうなってしまうんだろう」

という不安は私だって日々感じております。

 

 


そもそも「この先」を全く考えていないと発言した翔さんのファンである私が、それを想像することなんて不可能に等しいものです。


しかし、先の未来を恐れず。その背中を追って、着いて行こうと思います。


昨年の1年間は悲しいことも、辛いことも、その分嬉しいことも、楽しいこともあった、本当に盛り沢山な年でした。

きっと嵐さんのことですので、今年は昨年を大い
に越える盛り沢山な1年にしてくれることでしょう。

 


辛いことは後回しにして、

とにかく”今”を楽しみたいと思います。


来年になってしまえば、きっと悲しくなる瞬間が幾度となく来ることかと思います。
だったら、今は笑っていたい。楽しんでいたい。

 

 

 


それこそ。

近い未来にくよくよしないで、遠くの未来を信じて。
共に歩いていきますね。

 

 


今年も1年本当に色んなことが起こることかと思います。
止まりかけそうになった時は、翔さんの言葉を思い出します。
必ず着いて来るファンはいます。

私だって着いて行きます。

どうか、着いて行かせてください。

 


お身体だけは大切に。

ラストイヤー、どうか5人で走りきってください。
私たちもその速さに決して負けません。

 

 

 

 

 

 


大変遅れましたが、櫻井翔さん、38歳のお誕生日おめでとうございます。
出会った時は11歳と26歳。

本当にお互い歳を取りましたね。
ファンの一人として心よりお祝い申し上げます。

 

 


思春期真っ只中の小中学生時代。

自身の固定概念の壁によって、翔さんが好きだというのにその気持ちから目を背き、躊躇し、自分の気持ちを素直に表に出せずにいました。

その時のことを考えると、恥ずかしさと共に申し訳なさも感じます。


でもあの時、それでも自分の素直な気持ちから逃げずに、ここまで来れてよかったなと本当に思います。

 

私にとって嵐さんに出会えたこと、そして翔さんに出会えたことは、私の人生においてかけがえのない宝物です。

 


本当に、出会えてよかったです。

 

 


嵐・櫻井翔としても、櫻井翔自身としても、この1年間がより素晴らしいものになるようお祈りしております。

 

 

 


目先にある5月の新国立競技場でのコンサートや、北京公演、その他まだまだ詳細未定のお知らせたちのどこかで、翔さん、嵐の皆さんと会えることを心待ちにして
おります。

 

 

  

 


大好きです。

 

 

 


                                                                                敬具
2020年1月25日

 

 

櫻井翔、推してて良かった7のこと

 

 

 

どうも。

 

最近の出来事ですが、

 

大学四年生、芸術系の大学に通う私。

 

卒業制作の「制作」部分を終えて、自作理論(論文)の制作を現在行っているのですが、自作理論の下限文字数が4000字から。その文字を知った私。

 

「え、自担へ送ったファンレターよりも短い!!!」

 

最初は手紙2000字、次の手紙は3000字、最新の手紙では4500字。回数を重ねる度に思いが爆発し、手書きで自身の思いを便箋にしたためて(ちなみにそれ全てPCで打ち込み→PDF保存後全文手書きで書き込みをして)いるキッッッッモイヲタクです。やっほー自担見てる~~~!?!?

 

そんなキモヲタの私がお送りする今回のブログ

 

 

 

 

櫻井翔入所24周年記念~

櫻井翔、推してて良かった7のこと

 

 

さあさあ、やって参りましょ~~~~~~!

 

 

 

そもそも、自分の年齢(22)よりも「アイドル」として身を置いてる自担尊すぎん???

 

自分が生まれた時にはもう自担はジュニアとして「アイドル」してたんだよ??

まずはジャニーズに大きな感謝を、自担を産み落としたこの世界にも感謝を。

 

 

そろそろ人生の約半数を櫻井翔ファンとして過ごしてきた私。

青春時代をほぼ櫻井翔に費やしてきた私が感じた、

 

櫻井翔、推してて良かった7のこと

 

を、まとめたいと思います。

(本当は5とか10とか24とかキリのいい数字にしたかったけどそうなるとしょうもないことばっかになるから、自分が熱く語れるベスト7を持ってきました。ほら、「神7」っていう言葉もあるし許して)

 

 

はい。もちろん自己満です。

24周年というのにあやかって、自分の思いを爆発させたいだけです。

 

普段あんまり自担にデレないタイプのヲタクなので

「記念日だから仕方ないか」と思ってやってください。

こういう時くらいしか愛を吐き出せないのです。ヲタクは辛いねぇ。

 

 

 

 

[その1]学が増えた

 

櫻井担やってたらこれに尽きる。

 

毎週月曜日は自担を見るためにテレビ付けてるし、それを録画する為にHDDがあります。(大袈裟)(有吉ゼミだって普通に見る)

 

忙しい大学生。毎日とはいかなくても週1度、「ニュース」を、見聞きするだけでもだいぶ違います。

その大事な週1度、自担を見る為にとは言え、ニュースを見る事が出来ているおかげで、今の私は社会で何とか生存できています。(大袈裟)

 

自担の働きっぷりには感無量です。

 

 

 

そして、自担を推してると付随して学べるのが

 

建築(あそこに出てくる建築は全て櫻井翔さんの家のよう)(Casa BRUTUSは全櫻井担が愛読書にするべき)

 

ラクビー(いやこれはマジ)(一部相葉雅紀も含む)(櫻井翔を推してなければ多分ラグビーのルールなんぞ調べなかった)

 

語彙力(以前、バズリズムで上田のエピソードを語った時に登場した「拙宅*1」という言葉、私はその言葉をそこで知りました)(「拙宅」という単語を操るアイドル・櫻井翔凄すぎ怖すぎ)

 

国語(私は太宰治・著「人間失格」を本ではなく自担の朗読で学びました)(あれはいいぞ、耳が幸せになるぞ、いつか朗読劇を現場でください待ってます)

 

あれおかしいな……櫻井翔って大学で経済学を学んでいた人ですよね??あまりにもバラエティに富んでいませんか???

 

自担が居なければ縁もなかったものたち、自担が居たからこそ深まった学び。ワクワク学校もそうだけど私達ってなんて素敵な機会を頂いているのでしょうね。

 

自担、私に知らないことを沢山教えてくれてありがとう。

 

 

 

 

[その2]服の断捨離ができた

 

スーパー洋服持ちな私。(それでいてセンスがない)

 

今年の夏、過去最大の服断捨離を成し遂げました。

 

自担のよく言う

 

同じTシャツ

 

そう、あれです。

CLOUDYさんです。

 

 

 

説明しなくてもご存知かと思いますが、ここで1度このブランドについて説明しておくと、

 

<CLOUDY>は、アフリカの民族の柄、伝統の織、特産品などを中心にした"アフリカンテイスト" を取り入れたカジュアル&フォーマルのアパレルブランド。
現地に工場を設立し雇用を生み出すことでアフリカへの社会貢献をしています。

(銅冶勇人代表<CLOUDY>のアイテムを手に取ることが、なぜ、アフリカの支援と自分の楽しみにつながるのか|伊勢丹新宿店ブログ|伊勢丹 新宿店 より)

 

そしてこのブランドの代表、銅冶勇人さん(私たちについて | CLOUDY公式通販サイト/DOYA)は、自担の大学の後輩でもあります。

 

(ここまで完全にCLOUDYからやってきた刺客のブログ)

 

 

後輩の立ち上げたブランドを盛り上げるべく、「着る」行為を通して広告塔的な役割を担っているわけですね。

 

そしてその罠(言い方)にまんまとハマった私(ヲタク)

 

 

最初は「わ~~い!櫻井翔のヲタクTシャツ!!」などと言っていましたが、

今では1週間CLOUDYTシャツで回せるくらいの強火CLOUDYヲタクと化してしまいました。

 

そんなに持ってたら、今まで使ってた「捨てるのもったいないな…」っていう服も、もうバンバン捨てられちゃうよね!!!(?)

 

自担はタンスの肥やしにしているらしいけど、私は自担のおかげで要る・要らないの判別が出来るようになって、随分と服が減りました。ありがとうございます。

 

 

 

さあさあ、みんなもCLOUDYのTシャツ買おう!!

CLOUDY公式通販サイト/DOYA

 

通販もしてるけど、期間限定で度々各地にポップアップとしても登場するのでそっちで買う方が断然お得!!(送料かからないからね)

 

ポップアップの情報はCLOUDYのTwitterをチェックしよう!!

CLOUDY (@cloudy_tokyo) | Twitter

 

(完全にCLOUDYの犬)

 

 

 

 

[その3]ビジュアル変動なんのその

 

自担には暗黒期(2012年後期-2017年)というものがあると考えております。

 

毎週月曜日に自担の顔を拝むことが出来る私達。

しかしその顔がまぁ、週ごとに変わること変わること……。

 

まじ細い時もあれば、「あれ??どうしたんですか??昨日いっぱい酒飲んだ??」ってレベルのむくんだ顔面を見せる時も。

 

あそこで一時期貶しするようになったな~~っていうヲタクも少なくないと思います。(これが二重否定というやつです。これも自担から学んだ)

 

その暗黒期を乗り越えたヲタク(私)は、「○○くん、なんか最近太ってきてない?😢」「○○くんビジュ悪いな………」っていうヲタクの声を見ても

 

 

 

うっせ!!!こっちと比べたら全然太ってないし、ビジュ悪くないっしょ!!!!!!こっちは顔面肥大にデコ出しっていう最低最悪なビジュだって乗り越えてきたんだぞ!!!

 

っていう思いになってしまいます。(口が悪くて大変申し訳ございません)

 

 

安直にビジュで好きかどうかを判別するのではなく、その人の中身を見て好きか判別できるようになったのは、自担のおかげな所が大きいです。

 

暗黒期は今となっては……まぁ、いい思い出だし、今見返してみると案外嫌いじゃない時もあったりします。

(でももう二度と来るなよ暗黒期)

 

 

 

 

[その4]痩せた

 

自担も痩せたけど、も痩せました。

 

 

暗黒期を乗り越えた自担。

2018年からは奇跡のビジュアル向上力を見せます。 

まるでイエス・キリストの復活のよう(にしてもだいぶ時間かかった)

 

いや、あの時の奇跡は一生忘れない。(久々に「え、カッコイイ」って言ったもん)

 

 

櫻井イエス・キリスト翔さん(?)となった自担を見て、

一大決心、私も痩せなきゃと決意しました。

 

 

高校時代、グラム単位で1度も変動しなかった体重。

そこから少し増えた大学4年の春。

半年で高校時代よりも痩せました。

今では中学時代にバスケ部やってた時くらいまで痩せました。(-6kg)

 

いやこれ私の中ではだいぶ奇跡なんですよ。

だって高校時代、どんなに頑張ってもグラム単位ですら変動しなかったあの壁をぶち破ったんですよ!!!

 

 

痩せると着れる服も増えるし、オシャレしようって気にもなるし最高オブ最高。

 

 

ここまで心を動かしてくれた、暗黒期からの現在の自担が居たからこそ、今の私が存在します。

 

自担!ありがとう!!

 

 

 

 

[その5]なんか自担に似てきた

 

これは元々私自身に備わってた部分も大きいけど、

年々なんか自担に似てきてる気がする。

 

・荷物が多い

・迷彩好き

・リアクションがでかい(笑う時は基本手を叩く)

・友人とご飯に行く時はとりあえずお店を調べる

・スケジュールは分単位

 

他にもハードワーカーだったり、服のセンスが微妙だったり、乾燥肌で直ぐに足とか腕とか掻いちゃう……とか挙げだしたらキリがないんだけど、

 

とりあえず、私が今まで見てきた「櫻井翔」像というものに、自分自身が無意識のうちに似てきてしまいました。

 

 

 

特に分単位のスケジュール管理

自担ほど超絶過密ではないけど、詰め詰めのスケジュールに自分がどうこなしていくのか。「完遂」させることを目標に、詰め詰めのスケジュールを軽やかにこなしていく、ギリギリ且つサバイバルな所に大変魅力を感じています。

 

 

基本的に、「どこか」に「行く」ってなったら、予めそこに「なに」があって「どんなこと」をするか決めておかなきゃ…っていう、ある程度の把握・目的立案をしとかないと気が済まないんだよね。(これは多分自担もそう)

 

現に11月に予定してる母との3泊4日旅行は、行くスポットも調査済みだし、スケジュールも完全に組まれてます。

(仕事の合間にスケジュール立案は良い息抜きでした)

 

 

 

多分、私も自担も、大変「生き急いでる」んだと思います。

 

(こんなんじゃ早死しちゃうよ………。)

 

これは自担を推してたから備わった能力なのか・そうじゃない能力なのか、イマイチ判別はつきませんが、私的にはこの能力は気に入ってるし私にとって大切な個性です。*2

 

 

 

とりあえず、自担、ありがとう!!

(自担に感謝を伝えておきたいヲタク)

 

 

 

 

[その6]友達ができた

 

これは、櫻井担じゃなくても出来ますね。

でも長い間自担を推してこなければ、多分無かっただろうなと思う未来に今の私は居ます。

 

 

実際、時には今の状況が恐ろしく思ったりもします。

 

だって、10歳そこらで嵐を好きになった子供たちが、住んでる土地も、生きてきた環境も違う、ただ「嵐が好き」っていう共通点しかないのに、10年後大人になって酒飲み交わしてるんですよ???

 

え、どういう未来?怖すぎ!って思いません??

 

少なくとも、私はこんな未来を10年前には到底想像出来ていなかったし、むしろ当時思い描いてた10年後の自分像では私は嵐ファン絶滅危惧種なはずでしたから。(10年後はこのフィーバーも終焉を迎え、嵐ファンも減り、コンサート行き放題になってるとか思ってた女)

 

 

むしろ年々公演数増えてるし!!!今年は前年と合わせて50公演だし!!未来って何が起こるか分からなさすぎ!!!誰だよ、コンサート行き放題~!とか思ってたやつ!(私だ)

 

 

でも、私が思い描いてた未来が来なかったから、いま出会えた人たちがいる。

 

中学・高校時代の友人って、進学してお互いの生きる環境が変わっていくと、どこか疎遠になってったりしちゃうんですよね。

 

でも、こういう「好き」を通して出会った人同士は、元々育った土地も生きてきた環境が全然違うからそういう意味では話が合わないかもしれないけど、その自分が持つ「好き」が無くならない限り、仲良くなれる相手だなと感じています。

 

もちろん、これが絶対であるとも思っていません。

 

でも、「好き」の力が人と人を繋ぐきっかけになるんだということを、私は嵐を通して知れた気がします。

 

 

話は少し逸れますが、

 

 

 

 

正直、『あの日』をなかった事にして欲しいと思う夜は、数え切れないくらいありました。

 

でも『あの日』が無ければ出会えなかった人も、『あの日』が無ければこんなに仲良くなってなかった人も居ます。

 

 

 

今はまだ、心から「『あの日』があって良かった」と思うことは出来ません。

しかし、もっと大人になった時。ここで出会えた人たちと「『あの時』の事は今となってはいい思い出だね」と笑い合える未来が来ることを私は願っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わったと思ったでしょ!?まだ続くよ!!!

 

 

 

 

[その7]「赤」が好きになった

 

これはもう私史上最大の、櫻井翔を好きになってよかった点。

 

 

 

 

幼少期の私は無類の「赤」嫌いでした。

 

男女を区別する用途としても使われる「赤」と「青」

私は「女」とも表される「赤」が、いやもう本当に死ぬほど嫌いでした。

 

なのに、幼稚園の時は赤いスモッグを着させられ、赤色で表示された女子トイレに入り、小学校6年間は真っっっっっ赤なランドセルを嫌々背負い続けました。*3

 

 

 

そんな赤嫌いの私を変えてくれたのは、紛れもなく自担です。

多分自担を好きになってなかったら、今の私の持ち歩くアイテムは全て青だったと思います。

 

 

「これがきっかけで」とかはないです。

ただ気付けば私の周りは赤だらけ。

櫻井翔という男を好きになればなるだけ、私は赤色のこともどんどん好きになっていったように思います。

 

 

このブログの最初に話したように、私は芸術を学んでいるのですが、そこで作る作品はほとんど赤ばかりです。

 

「そんなに赤が好き?」と友人に問われたりすることもあります。

もちろん、と私はいつもそう答えています。

 

 

 

 

 

 

自担は、今まで出会ってきたアイドルの中で1番赤が似合う男だと思っています。

 

「○○くんだって衣装とか私服で着てたりするし、普通に赤似合うよ!」とかそういうことを言う人も居るかもしれないですが、私が言いたいのは、

 

「アイドル」として「赤」を背負うことが出来る自担は最高にカッコイイな、ということです。

 

 

 

真っ赤な海の中、それを目の前にして私たちの前でマイクを持つ自担。それを目にする度に「この人は最強かもしれない」と、自惚れですが思っています。

 

 

 

他でもない、アイドルである櫻井翔だったから、赤を好きになれた、そう思います。

自担、赤という素敵な色を好きにさせてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

私は嵐さん、そして櫻井翔さんというかけがえのない存在に出会えたからこそ、今の私があります。

 

学校での嫌なこと・家での嫌なこと、思春期の女の子にとってそれは何度も発生し、その度に挫けたり、嫌な思いをしたりもしました。

 

でも、めげずにそれでもやってこれたのは。嵐が見せてくれる、あまりにも素敵すぎる世界があったからこそです。

 

 

 

翔さん、どうかこれからも歌って踊るのはもちろん、1人の「開拓者」として、私の知らない未来を沢山見させてください。貴方は最強のアイドルです。

 

 

 

 

 

25年目の彼のアイドル人生も、どうか素敵なものでありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:自分の家をへりくだって言う語

*2:自担の生き急ぎレベルを5と例えるとしたら、私は3くらいなので、私は割かし一緒にいる相手の体力とか人数とかの状態を考慮してスケジュール管理してます(多分自担もしてるだろうけど)。私は滞在時間5分とかアホみたいな事しないし!スケジュールが上手くいかなくてイライラすることはないので!お友達の皆さん安心してください!(あくまでもスケジュールを「完遂」させた時だけに興奮するタイプ)

*3:小学5・6年くらいに壊れてみんなリュックになったりするのに、私のランドセルちゃんはピッカピカなまま卒業式まで背負われ続けました。天使の羽恐るべし。